2016/01/27

恋櫻 ~旅人とワタシ~


ワタシは一本の木
町の外れの小さな丘に立つ
名も無き一本の木


春には薄紅の花を飾り
夏には緑の葉を揺らし
秋には色無き風に唄い
冬にはしずる雪に枝を濡らす


ある夏の日
傷ついた旅人が独りやって来て
ワタシの足元にうずくまった
蒼白い頬は痩せこけ
虚ろな目は全ての光を失っていた


ワタシは精一杯に枝葉を広げ
照りつける日差しを遮り
吹き荒ぶ北風に立ちはだかり
凍える夜も眠らずに旅人を包んだ


やがて暖かな風が南から吹いて
待ちわびた季節が来たことを教えてくれた
ワタシは旅人にとびきりの姿を見せたくて
頑なな蕾を懸命に綻ばせた


旅人は
誇らしげに薄紅色の衣をまとった
ワタシを見上げると
この上のない微笑みを浮かべた
その頬は艶やかに紅を差し
その瞳は澄み渡る春空を映した


ワタシはこれまで感じたことのない
そわそわと心落ち着かぬ想いに戸惑いながら
旅人の笑顔に寄り添える喜びを噛みしめた


どこからか飛んできた小鳥が
ワタシの肩に止まり
したり顔で囁いた
「それは恋というものだよ」と




その日は何の前触れもなく訪れた

花冷えの朝
旅人は手早く身支度を終え
少し名残惜しそうにワタシにそっと触れると
まだ朝靄の残る東の斜面に向かって
ゆっくりと歩き始めた


そう
旅人は旅人
一つ処に根を張らず
自由きままに今日を生きる


ワタシは成す術もなく
ただ黙って旅人を見送った

丘の中腹でふと立ち止まり
一度だけ振り向いた旅人の姿は
いつの間に散り始めた花びらに霞んで
はっきりと見ることはできなかった



ワタシは一本の木
今日も町の外れの小さな丘に立つ
名も無き一本の木















*゜*・。.。・*゜*・。.。・*゜*・。.。・*゜*・。.。

久しぶりに長い詩が出来ました
詩と言うより物語かな?
絵本になったら素敵だなぁなんて
思いながら書いてみました

残念ながら画力が無いので無理ですが・・・(笑)

春夏秋冬、東西南北・・・
色や温度、気持ちの移ろいなども
感じてもらえると嬉しいです

2016/01/12

夕焼け色のインクで



キミがくれた夕焼け色のインクで
キミの名前を3回書いた
涙で滲んだ文字が星になった

キミがくれた夕焼け色のインクで
キミに宛てた手紙を書いた
言葉にできない想いが風になった

キミがくれた夕焼け色のインクで
キミとの未来を書こうとしたけれど
臆病な心がペン先にそっと蓋をした


哀しいわけじゃない
幸せだから苦しくて


迷いあぐねて書いた本当の気持ちが
窓から差し込むオレンジの光に
躊躇いながら静かに溶けた